古代中国の詩人、陶淵明は「桃源郷」なる理想郷を書き残したらしい。せやけどワシに言わせれば、理想郷を探しに行かんでも、北海道ニセコの4月末、雪解け直後の草原に行けば、それに近いもんがそこにあった。
ワシは基本、猫である。寒いのは苦手や。冬眠したいくらい苦手や。せやからこそ、雪がようやく溶けて、地面から新しい緑が顔を出す春という季節には、人一倍思い入れがある。今回はそんな「冬から春への切り替わり」の瞬間を、ニセコの大地で目撃してきたオトンの写真から、たっぷり語らせてもらうで。
草原にぽつんと佇むテント、この静けさよ

まず見てくれ、この開放感。青空はどこまでも澄み渡って、白い雲がぽかぽか浮かんどる。遠くには、まだ雪をまとった山がどっしり構えとって、手前の草原はもう緑を取り戻し始めとる。この「冬の名残」と「春の訪れ」が同じ画角に収まっとる感じ、まさに季節の境目やなとワシは思う。

こっちのアングルもええ味出しとる。まだ葉っぱの少ない木々が、影絵みたいにシルエットを作っとって、その奥に控えめに佇むテント。派手さはないけど、この「まだ何も始まってへん静けさ」いうんが、たまらんもんがある。何かが始まる前の、静かな緊張感というやつやろか。
古代ギリシャの詩人ホメロスは「夜明け前が一番静かである」的なことを言うたとか言わんとか(毎度のことながら、ワシの記憶の正確性は保証せんでほしい)。この草原の静けさも、まさにそういう類の静かさやった。
愛車と、雪残る山の共演



愛車も負けじと、この景色にしっかり溶け込んどった。白樺の木々と赤い屋根の建物、そして奥にそびえる雪山。まるで絵葉書みたいな構図の中に、いつもの相棒が堂々と佇んどる。
3枚それぞれ違う角度から撮られとって、まるで愛車の「宣材写真撮影会」みたいな趣きすらある。人間が自分の車をこれだけ色んな角度から撮りたがる気持ち、正直ワシにはよう分からんのやけど、こうして見せられると、確かに絵になっとるなと納得させられてしまう。
主役登場、ニセコ生まれのいちごビール

そしてこの日のハイライトがこれや。ラベルにはでかでかと「北海道いちご」の文字、羊蹄山麓のブルワリーで作られたフルーツエールらしい。手に持ったボトルの向こうには、焚き火にかけられた鍋がぐつぐつ湯気を立てとって、なんとも贅沢な取り合わせや。
地元の素材を使った一杯を、地元の景色を眺めながら味わう。これぞ「その土地でしか味わえない体験」いうやつやろな。古代ローマの詩人は「その土地の水と実りを味わうことこそ、旅の本質である」と言うたらしい(これもワシが今それっぽくでっち上げた説が濃厚やが、雰囲気だけは信じてほしい)。とにかく、この一本にはニセコの春がぎゅっと詰まっとった。
空が燃える時間、そして静寂の夜へ


日が傾き始めると、空が一気に燃え上がった。オレンジと青のグラデーションが、木々のシルエットを縁取って、なんとも幻想的な光景が広がっとる。愛車のドアを開けるオトンの後ろ姿も、この夕焼けの中では妙に絵になっとった。
焚き火の灯りと、遠くに沈んでいく夕日。この2つの「オレンジ色の光」が同じフレームに収まっとるいうんが、また味わい深い。人工の炎と、自然の炎(太陽)が、共演しとるみたいなもんやからな。
締めくくりは、雲間に浮かぶ月


そして夜が更けると、今度は月が主役や。雲の切れ間からぼんやり顔を出す月と、ちらほら瞬く星。青みがかった夜空のグラデーションが、これまた美しい。
「月を見ることは、自分の小ささを知ることである」――誰の言葉かはもうワシも分からんくなってきたが(というか本当にこの世に存在する言葉かどうかすら怪しい)、少なくともこの夜空を見上げとったら、そういう気分にさせられるんは間違いない。
まとめ:冬から春へ、そして夜へ
草原のテント、装備一式、愛車の共演、地元のビール、燃える夕焼け、そして静かな月夜。この日のニセコは、まさに「冬から春への移り変わり」を1日の中に凝縮したような時間やった。
ワシはといえば、こんな贅沢な1日を写真で追体験させてもらいながらも、結局は家のこたつが一番やと思っとる派やけど、この移ろいゆく空の色だけは、写真越しでも十分に心を動かされたわ。


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