どうも、オトンです。
今回は京都北山の秘境、沢ノ池。名前だけ聞いたら「京都にそんな秘境あるん?」って眉唾もんやったけど、行ってみたら確かに秘境やったわ。京都いうたら金閣寺とか清水寺とか、観光客でごった返すイメージしかなかったのに、こんな静かな水辺があったとは。
京都、お前どこまで懐が深いねん
まず現地に着いて水面を見た瞬間、思わず声出た。「京都、お前どこまで懐深いねん」と。

さざ波がキラキラ光る水面、その奥にどっしり構える山。観光客の姿なんて一人もおらん。孔子は「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」って言うたらしいけど、この景色見たら知者も仁者も両方いっぺんに満足させられる、いわば「二刀流の景勝地」や。大谷翔平もびっくりの二刀流っぷりやで。
観光ガイドブックに載っとらんのが不思議なくらいの静けさ。もしかしたら地元の人だけがこっそり楽しんどる隠しスポットなんかもしれん。今回教えてもろたルートで来たけど、正直「これ勝手に紹介してもうてええんか」ってちょっとビクビクしとる自分もおる。
焚き火飯、青唐辛子の洗礼を受ける
腹が減ってきたところで、焚き火で野菜と肉を焼き始めた。

炭火の上でジュージュー言うとる椎茸とピーマン、それに肉の切れ端。見た目からしてもう美味そうやったんやけど、ここで事件が起きた。緑の物体、あれてっきりピーマンやと思って豪快に頬張ったら、まさかの獅子唐やった。
口の中で「ピリッ」やのうて「ゴォォォ」いうレベルの辛さが炸裂。デカルトは「我思う、故に我あり」言うたけど、あの瞬間のワシは「我叫ぶ、故に我あり」やった。周りにおったメンバーも大爆笑。獅子唐い一つで、この日一番のライブ感が生まれてもうたわ。まあ結果的にはこれが今日一番の思い出になったから、獅子唐先生には感謝せなあかんな。
曇天の下、静かに佇む池と椅子たち
食事を終えて、しばらく池のほとりでのんびり過ごした。

さっきの夕暮れとはガラッと違う、どんより曇った空模様。せやけどこれはこれで趣がある。エメラルドグリーンの水面と、椅子と三脚が寂しげに並ぶ様子、まるで誰かが忘れて帰った撮影セットみたいや。
老子は「上善は水の若し」って言うたけど、水は水でも、この沢ノ池の水はちょっと違う。天気によってガラッと表情変える、いわば「気分屋の水」や。上善なのか気分屋なのか、老子先生に問い詰めたいところやけど、まあどっちにしろ美しいから許す。
京都のイメージ、ちょっと更新された日
寺社仏閣と抹茶スイーツのイメージしかなかった京都に、まさかこんな「秘境系アウトドアスポット」があるとは思わんかった。修学旅行生が金閣寺で写真撮っとる同じ京都府内で、ワシらは獅子唐の洗礼受けながら焚き火囲んどったいうギャップ、なかなか面白い。
孟子は「天の時は地の利に如かず」って言うたけど、今回に関しては「地の利は、獅子唐の見分け方に如かず」やな。孟子先生、これは強引な改変やけどお許しを。
沢ノ池、また来ようと思う。次は獅子唐とピーマンをちゃんと見分けられるようになってから来たいもんやな。


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