どうも、オトンです。
今回は木津川。**メンバーは強者3人、初心者1人。**普通に考えたら心強い布陣や。せやのに、この日ワシらは真剣に「これ死ぬんちゃうか」と思う夜を過ごすことになった。
「12月中旬とか余裕っしょ」という慢心
まず結論から言うとく。12月中旬のキャンプ、全然余裕やなかった。
出発前のワシらの会話を再現するとこうや。「12月中旬とかまだ全然余裕っしょ」「せやな、真冬ほど寒ないやろ」「防寒着これくらいでええか」。強者3人が集まると、なぜか判断力は逆に鈍る。孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」って言うたらしいけど、この日のワシらは完全に「己を知らず、季節も知らず」やった。百戦どころか一戦目で危うい状況になったわ。
設営した頃はまだ余裕の表情やった。

このオレンジのテント見てみい、なんとも呑気な佇まいやろ。この時点ではまだ「ちょっと寒いけど大丈夫やろ」くらいのテンションやった。この数時間後にワシらがどうなるか、この写真の中の誰も予想してへん。
装備を並べて、まだ余裕ぶっこいてた頃
焚き火台や机も並べて、準備万端の体(てい)を整えとった。

この写真だけ見たら、なかなか手慣れた強者感が漂っとるやろ。せやけど装備の”質”やのうて”量”、特に防寒装備の量が決定的に足りてへんかったいうことに、この時点ではまだ誰も気づいてへん。強者いうのは、時に自分の経験を過信して一番大事な基本を見落とす。まさにこの日のワシらがそれやった。
火起こし、この日の生命線
日が傾き始めた頃から、いよいよ本気の火起こしが始まった。

この薪の組み方、我ながら悪くない仕上がりやった。せやけどこの時のワシらはまだ知らん。この後、この焚き火が単なる「雰囲気作り」やのうて、文字通りの生命線になるいうことを。
初心者メンバーがフェザースティック作りに挑戦しとった様子がこれや。

これがまたきれいに削れてて、強者3人から思わず拍手が起きた。孔子は「三人行けば必ず我が師あり」って言うたらしいけど、この日は初心者の方が師匠役になる瞬間もあった。経験値と技術は必ずしも比例せんいう、ええ教訓やったわ。
炎、燃え上がる。せやけど寒さも同時に本気を出す
火が本格的に燃え始めた頃、気温も本格的に牙を剥いてきた。

この炎の勢い、写真だけ見たら「ぬくぬくやん、羨ましい」って思われるかもしれん。せやけど実際は、この炎の前にへばりついとかんと本気で凍えるレベルの寒さやった。日本海側やない、内陸の河原でこの寒さいうのは正直計算外やった。強者3人の面目、完全に丸潰れや。
デカルトは「我思う、故に我あり」言うたけど、この夜のワシらは「我震える、故に我あり」やった。歯の根が合わんいう表現、大袈裟やのうてマジであの状態や。防寒着の薄さを呪いながら、焚き火の前から一歩も動けん時間が続いた。
極寒の中で食う鍋、これが唯一の救い
そんな中、唯一の希望が鍋やった。

肉と椎茸がグツグツ煮える様子、湯気が立ち上る瞬間、これを見た時の安堵感いうたらなかった。エピクロスの「快楽とは苦痛の欠如である」いう言葉、この夜ほど身に染みたことはない。寒さで凍えきった体に、この鍋の熱と出汁がじんわり染み渡る瞬間、あれは間違いなくこの日一番の幸福やった。
強者3人と初心者1人、みんな無言で鍋をつつく。会話する余裕すらなかった、いうんが正直なとこや。せやけどこの「無言でひたすら鍋を待つ」いう時間、妙な連帯感も生まれとった。極限状態を共有した仲間、いうやつやな。
「強者3人」が学んだこと
正直に言うとく。今回の企画、強者3人が揃っとったから逆に油断が生まれたというのが真相や。「俺らベテランやし」いう謎の自信が、12月中旬という侮れん時期の防寒装備を軽視させた。初心者メンバーの方が、むしろ慎重に準備しとったんちゃうかとすら思う。
老子は「知る者は言わず、言う者は知らず」って言うたらしいけど、この日のワシらは「知っとるつもりが、実は何も知らんかった」パターンや。経験は時に過信を生む、そのことを木津川の寒空の下で骨身に染みて学ばされたわ。
木津川が教えてくれた教訓
この日以降、ワシの中でキャンプの装備リストに新しい鉄則が加わった。「季節の中間期こそ、防寒を舐めるな」。真冬でもなく、秋でもない、あの中途半端な時期が実は一番危険やいうことを、身をもって知った。
強者3人、次からはちゃんと強者らしく準備してから挑もうと心に誓った夜やった。あの鍋の味は忘れんけど、あの寒さも一生忘れんやろうな。

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