もはや我が家、またもやの「はちまき展望台」と牛柄になった愛車の話

車中泊

古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「同じ川に二度入ることはできない」と言ったらしい。せやけど、それは「はちまき展望台」には当てはまらんかったようだ。気づけば自分は、もう三度目の訪問を果たしている。

一度目は残雪に阻まれて撤退、二度目は無事リベンジを果たし、そして今回、三度目。もはや「訪問」というより「帰省」に近い感覚になってきた。もはや我が家、というのはさすがに大げさかもしれんが、それくらい馴染みのある場所になってしまったのは間違いない。

三度目にして、格別の絶景

一度目は雪、二度目は雲がちの空模様やったが、この日はまさに三度目の正直と言うべき快晴。青空にちぎれ雲が浮かんで、眼下には霧が谷筋に沿って白く漂っている。何度も同じ場所に通っていると、こうして違う表情を見せてもらえる瞬間があるから面白い。

パノラマで撮ったこちらの一枚も、これまでで一番の出来やと思う。空の青と山の緑のコントラストが際立って、雲もいい具合に立体感を演出してくれている。同じ場所に何度も足を運ぶことの価値というのは、こういう「一番良い瞬間」に巡り合うための積み重ねなんやろうと思う。フランスの博物学者ビュフォンは「同じものを見続ける者だけが、その本質を知る」と言ったとか言わなかったとか(この手の格言、正直自分もどこまで正確か怪しいところはあるので話半分に聞いてほしい)。

見上げれば、木々の向こうにうろこ雲と太陽。この日は本当に、空模様が仕事をしてくれた一日やった。三度通ってようやくこの景色に出会えたと思うと、感慨もひとしおというものだ。

そして今回の本題、牛柄になった愛車

さて、ここからが今日一番伝えたかった話や。よく見てほしい、愛車の屋根。これ、単なる汚れやない。れっきとした「牛柄」のカスタムを施した結果や。

なぜ牛柄にしたのか、と聞かれると自分でも明確な答えはない。強いて言うなら「なんとなく面白そうやったから」としか言いようがない。ドイツの哲学者ニーチェは「人生には理由のない選択こそが、真に自由な選択である」と語ったらしい(これもまた出典の正確性は保証しかねる)。今回の牛柄カスタムは、まさにそれに近い衝動やったと思う。

上から見るとさらによくわかる。この白黒のまだら模様、正直かなり気に入っている。実用性がどうこうという話ではなく、単純に「見ていて楽しい」というのが一番の理由だ。丹波篠山の緑豊かな森を背景に、この牛柄の屋根が停まっている光景は、なかなかシュールで気に入っている。

まとめ:通い続けることで見えてくるもの

三度目の「はちまき展望台」、そして牛柄にドレスアップした愛車。今回はこの2つが揃った、なんとも記憶に残る一日になった。

同じ場所に何度も足を運ぶことで、その都度違う表情に出会える。そして愛車も、実用一辺倒やなく、こうして遊び心を加えることで愛着がさらに増していく。「継続は力なり」という使い古された言葉も、こういう積み重ねの先にこそ意味を持つんやろうと、この日改めて実感させられた。

次にこの展望台を訪れる時、どんな景色と、どんな愛車の姿を見せてくれるのか。今からもう楽しみにしている自分がいる。

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