どうも、オトンです。
今回はキャンプ場やない。舞台は自宅のベランダ。新調したSolo Stove、待ちきれずに家で試し焚きしてみたら、まさかの緊急事態に発展したいう、なかなか恥ずかしい記録や。
「ちょっとだけやし平気やろ」の油断
新しいギアを買うたら、すぐ試したくなる。これはキャンパーの性(さが)や。せやけどキャンプ場まで行く時間がない。「ほな、ベランダでちょっとだけ試すか」。この発想、後から振り返ると完全に軽率やった。
孔子は「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」って言うたけど、ワシの場合は過ちを犯す前から既に過ちやった。ベランダで火を焚くいう時点で、もう選択を誤っとる。せやのに当時のワシは「ペレットやし、炭ほど激しくは燃えんやろ」いう謎の楽観論で突き進んでもうた。
着火、そして予想を超える火力
ペレットに着火した瞬間、思っとった以上の勢いで燃え始めた。写真の通り、内部は真っ赤に燃え盛って、まるで小さな溶鉱炉や。デカルトは「我思う、故に我あり」言うたけど、この時のワシは「我焦る、故に我あり」やった。
Solo Stoveの構造上、側面の穴から空気がガンガン取り込まれて、燃焼効率がめちゃくちゃええ。これはキャンプ場やったら「おお、よう燃えるやん」で済む話や。せやけどここはベランダ、しかも集合住宅。上昇する熱と煙、そして舞い上がる灰。完全に住宅街に不釣り合いな光景になってもうた。
隣近所を巻き込みかけた、静かなるパニック
慌てて周りを見回すと、洗濯物が干してあるベランダの壁、そして真上には隣の階のベランダ。もし火の粉が飛んで何か燃え移ったら……そう考えた瞬間、血の気が引いた。
孟子は「惻隠の心は仁の端なり」言うたけど、この時のワシに必要やったんは仁の心やのうて消火器の場所を思い出す記憶力やった。慌てて水を汲みに走り、消火の準備をしながら、内心では「これニュースになったらどう説明しよ」いう謎のシミュレーションまでしてもうた。近所付き合いに影響出る前に、なんとか収めな。
幸い、大事には至らず
結果的には、しっかり監視しながら鎮火まで見届けて、事なきを得た。せやけど、心臓に悪いことこの上なかった。ベランダの手すりも壁も無事、隣人にも気づかれてへんかった(多分)。
老子は「大器晩成」って言うたらしいけど、この日ワシが学んだんは「大器は屋外で燃やせ」いう、老子の教えとは何の関係もない超シンプルな鉄則やった。老子先生、勝手に改変してすまん。
Solo Stove、正しい使い方を心に誓う
この一件以来、Solo Stoveの試し焚きは必ず河原か庭付きの場所でやると固く決めた。ギアの実力を確かめたい気持ちはようわかる。せやけど「ちょっとだけやし」いう油断が、住宅街を巻き込む大惨事一歩手前まで発展するいうことを、身をもって学ばされたわ。
ちなみにSolo Stove自体の燃焼性能は文句なしに素晴らしかった。性能が良すぎたことが、今回の事件の唯一にして最大の原因やったいうのが、なんとも皮肉な話や。
次にベランダで試したいギアが出てきても、もうワシは我慢する。学習能力のある大人として、これくらいの分別は持っとかなあかんからな。



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