まいど、ワシや。
今回は高知県、四万十川。「日本最後の清流」なんて大層な二つ名がついとる川や。そんな肩書き聞かされたら、行かんわけにはいかんやろ。
エメラルドグリーンという名の贅沢
到着してまず目に飛び込んできたんがこの景色や。

水の色がもう反則級や。エメラルドグリーンいうんか、宝石みたいな透明感のある緑色をしとる。小舟がぽつんと浮かんどって、絵に描いたような静けさやった。老子は「上善は水の若し」って言うたらしいけど、この水を見た瞬間、ワシの中で「上善は四万十川の若し」に書き換わってもうたわ。原典改変、許してくれ老子。
沈下橋という名の哲学
四万十川いうたら外せんのが**沈下橋(ちんかばし)**や。欄干がない、増水したら沈む前提で作られとる橋。これがまた独特の存在感を放っとった。

欄干なしで川の上をまっすぐ伸びる橋、これを渡る人の後ろ姿がなんとも絵になる。「壊れることを前提に作られた橋」いう発想、なかなか人間の知恵やと思う。無理に頑丈さだけを追い求めるんやなく、自然に逆らわず、増水したら潔く水に沈む。老子の「無為自然」を体現したような橋やなと、ここでも老子を持ち出してもうた。今日はやたら老子と縁がある日や。
川面の表情、いろいろ
四万十川は表情豊かな川や。場所によって色も雰囲気も変わっていく。

こっちは深い緑色、山々に囲まれた静かな入江みたいな一角。

こっちは開けた場所で、ゆったりと大きく流れる本流の姿。同じ川なのに、場所ごとにまったく違う顔を見せてくれる。孔子は「川上の嘆」いうて、川の流れを見て「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」と時の流れの早さを嘆いたらしいけど、四万十川に関しては、そんな悲観的にならんでもええ気がした。この川は、ゆったりゆったり、急かさず流れとる。
清流が教えてくれたこと
エメラルドグリーンの水、欄干のない橋、河原の暮らし、山あいの静けさ。四万十川は「清流」いう言葉一つでは収まりきらん、いろんな表情を持った川やった。
オトンが「こんな川が近くにあったら、毎週来てまうな」ってボソッと言うとったけど、ワシも完全同意見や。日本最後の清流いう肩書き、伊達やなかったわ。


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